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スピリチュアルにつきまとう匂い

明晰夢を見てから霊界について色々調べたりしている。
ただ、気になるのは霊関連のことについて書いている人に感じる
独特の匂い。

「自分を高める」
「経験は宝」
そういうようなことを言ったり、
その世界に陶酔している人。

別に霊関連のことに興味を持っている人だけが
こういうことを言っているわけではないが、
スピリチュアル好きの人に顕著にそれを感じる。

人間中心主義というか、自我中心主義。

自分を慰めてくれるものを身の回りに並べているだけではないか。

スピリチュアルっぽいことを言う人や霊について触れる人のことを
人は「宗教的」と言うかもしれないが、
そんなものが宗教なのではない。

一体宗教とはなんなのか。

自我の殻を破るのが宗教ではないか。

経験を積んで自分を成長させて、
“それで何?”“それが何だというの?”
それに答え得るものが宗教ではないか。

それは理屈ではない。
“人間は○○のために生きているんですよ”
とそういう形のあるものではない。
そういう形のあるものは死を前にすればきっと吹き飛ぶ。

自己の殻の中に閉じこもって自己の成長に陶酔している人でも
ふと思うことがあるだろう、
“これが何だと言うの?”というその疑問に向き合うところから
始まるものが宗教ではないのか。
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人間観 | コメント(6) | トラックバック(0) | 2013/02/15 20:44

明晰夢

最近このブログも放置気味だ。

この間から明晰夢を何回かみている。
家の中に色んな国籍の人がいて驚いた。

そんなこともあって、
霊界とか人間の無意識のこととかが久しぶりに気になってきた。

明晰夢について情報収集する内に、
ふとそういえば禅で魔境というものがあったなと思い出した。

明晰夢をもっと極めたいと思う気持ちや、夢の世界に出てくる霊などについて
もっと知りたいとすごく思うけど、
一歩間違うと大変なことになる事柄だとも思う。

要は、自我が無意識に喰われたり、あてられたりしなければいいんだろうとか
何年かぶりにそんなことを考えたりした。

すごく興味がある。
だって、毎日退屈だから。

スピリチュアルブームとかが流行るのもこういうことだろう。
毎日同じことの繰り返しで退屈で、刺激がないから。

この「面白くなさ」「これでは終われないという気持ち」。
良くも悪くもこれが人を宗教に向かわせる。
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つぶやき | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/02/09 17:16
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