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まぼろし

本当の楽しみとか幸せを探していた。
幻でないものを。
人がいう幸せというのは僕にとってはただの“快”感情にすぎなかった。
死ねば消えるもの。
記憶に残るという人もあるがその記憶を持つ人が消えれば一緒に消える。
記録も読む人が消えればないのと同じ。
そして記録でさえも永遠ではない。

快でも悦でもない普遍的で真っ当な、「本当の」幸せを探していた。
人であるならば誰もが享受すべく目指すものを。

“こんなところに本物はない。”
“僕には本物が見えていない。”
“だから本物を見抜く目を。”

だがそれは現実の全否定だったのだ。
理想郷を夢見ていたのだ。
現実とは違う夢の世界があると思っていたのだ。
いや、あると思わなければとても生きてはいけなかった。
この世がすべて幻でしかないなどとはとても受け入れられなかった。
今だって完全に受け入れられたわけではない。

しかし幻だと切り捨てられたものの中にしか
幸せというものはなかったのかもしれない。
まあこんなのはありきたりな言葉だが。
今まで自分がいかに楽しみというものを切り捨ててきたかを
改めて思い知る。
楽しんでこなかったのではない。
楽しみを価値のないものとしてきたのだ。
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「自己」を見つめる | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/07/13 17:35

楽しむ人生

楽しみって何だろう。
面白いってどんなんだったっけ。
ただこなすだけの毎日にそんなものはない。
面白いってどこにあるんだろう。

自分をごまかすことは絶対にしたくない。
でもそれもやめた。
ごまかして生きようとした。
いや生きようというよりはただ目の前の現実との調和を図った。
ごまかしてでもなんでも。
ただただ何も考えないで。

夜眠れないのはしかたがなかった。
ごまかしているのだから。
それだけ我慢すればいいと思った。
でもごまかすのもしんどい。
わかりきったことだ。
いつまでも続くものではない。
続けられるものではない。

「今日も何もできなかったな」
いつも出てくる言葉。
それはするべきことをしなかった悔いではなくて
楽しいことを何もしなかったというボヤキだったのか。
すべてがむなしいのに楽しむなんてことができるのだろうか。
楽しみを求めて出かける。
そんなことが可能なのか。
ただ毎日をこなすことをだけ考えていたら楽しむという発想が欠け落ちていた。
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人生観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/07/09 21:09

嫌いなものは

最近のメモ


・なにもかもわけがわからなくなってどうにもしようがなくなったけど
一つだけ良くなったことは、もう引き下がりようもなくなったこと。

・失うこともあるだろう。
つまずくこともあるだろう。
決して元いた道に戻れないこともあるだろう。

・世界は自分に都合よくなるものではない。
と、すねていた。
それは世界をではなく自分自身を嫌悪していたのだ。
自分の都合で世界を見ようとする自分を。

・僕が嫌っていたものはすべて僕の中にあるものだった。
「僕は○○しない」
そうやって自分を保ってきた。
嫌いなものならたくさんある。
それらが平気でまかり通る世の中を人知れず蔑んだりしていた。
でも本当は汚い世の中が嫌いだったのではない。
それらをし得る自分自身が嫌いだったのだ。
「僕はああはならない」
そう言うことによって忌避していた相手はその人ではなく
実は自分自身だったのだ。
自分自身に向ける嫌悪を他の人に振り向けていた。

・嫌いなものは山ほどある。
世界は嫌いなもので溢れている。
これが驕り高ぶる欲深い人間の末路か。
天を目指したが故に地獄に身を落とす羽目になってしまった。
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「自己」を見つめる | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/07/03 21:54
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