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そこにあることを許す

・君の一つや二つ位いくらでも背負ってあげるよ。
そもそも僕が作ったのだ。
責任持って受け止めてあげる。
そして気が済んだらちゃんと成仏しなさい。
見といてあげるから。
もうどこかに行けなんて言わない。
そこにいればいい。
そこできちんと成仏しなさい。
どうせまたすぐに僕は君を追い出そうとするだろう。
そのときはどうか教えておくれ。

・清も濁も既にあるのに、何故それをあってもいいとか悪いとか言うのか。
そこにあるものはそこにあればいい。
その領分を侵さない。
呑み込もうとしたり。追い出そうとしたり。
自分の周りに輪郭線を引いて、内と外と区別する。
もう、全部自分と思えばいい。内も外もなく。
そこにあるものはそこにあればいい。
自由に活動してもらえばいい。
それが・その人がそこにあることを許す。
楽しみ。悲しみ。喜び。悔しみ。愛しみ。
色んな思いが・色んな人がある。

・やっぱり罪悪感には勝てないな。
勝とうとしたことが間違いだったのだ。
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人生観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/03/31 21:04

自我

・僕のアイデンティティのしがみつきパターン。
「自分は正しいのだろうか」
正しくなければ存在が許されないとの強迫観念。

・することが無くなってしまったら死んでしまうような気が。
でもそれがいわゆる自我の死では。
死なないようにと頑張っている。
悩むことによって現世に留まろうとする。
問題を抱えることによって。

・罪悪感、劣等感。
この状況でそれは幻だなんて言えますか。
幻だなんて言ったら人として死んでしまう。
もう罪を背負うことでしか生きられなかった。
居たたまれなかった。
平然としていることができなかった。
だから背負ったのだ。生き延びるために。

いや、危機に瀕して仕方なくそうしたのではない。
自我はもっと狡猾。
生き延びるためにわざと危機を演出し、罪悪感を背負い、
憂い悩むべき問題を手に入れたのだ。
問題に直面しての防衛策ではない。

・人はちゃんとしているのに自分だけがちゃんとできない。
その思いこみは信じて疑わない。
しかし皆同じことを考えているのだ。

・僕は特別な悩みを抱えているから。
人に話してわかってもらえるものではないから。

僕は特別な悩みを抱えているから幸せになれないのではない。
自我が生き延びるために「特別な」悩みという幻想を作り上げたのだ。

・罪悪感、これが僕の核のようなものだから、決着をつけないといけないな。
他のことならそれが幻だと見抜いていくことは容易だろう。
だがこれは僕のすべてと言ってもいいものだから、いずれ向き合わねばならない。

・問題の大きさに特異さは関係ない。
特異だから時間がかかるとか手こずるとかそういうことではない。
自我がそう思わせているのだから。
これは誰にあっても起こる事実。
皆あえて問題を背負い、そしてそれが「人と違う」と思い込む。
そうすることで延命を計る。
理由がなければ生きられない。
止まったら死んでしまう。

・なぜ自らを傷つけたがるのだろう。
否定したいのだろうか。これは僕ではないと。
傷つけて、自分はこんなじゃないと。
罰を受けないとという罰受けたがり傾向。
そこに僕のこれまでの生き方の癖が。

・ひもじい思いをすることで自分を確認できる。
制限、圧迫を感じることで自分を感じられる。
これが僕のパターンか。
そんなパターンにしがみつくなんて嫌だな。

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「自己」を見つめる | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/03/28 21:39

精神の力

自らの意志で在るんだ。
自らの意志で生きるんだ。
秩序のために生きるのではない。
生きなければならないから生きるのではない。
体裁のために生きるのではない。

押さえつけてくるものをはねのけろ。
囚われると頭を上げられなくなる。
胸を張れなくなる。

時間潰しのために生きてるわけじゃない。
罪の償いのために生きてるわけじゃない。
負け犬、逃げた卑怯者と罵られないために死なずに生きてるわけじゃない。
及第点をもらうために生きてるわけじゃない。
認めてもらうために生きてるわけじゃない。

人としてのあるべき姿像に従うために生きてるわけじゃない。
それでは奴隷ではないか。己が観念の。
そう叫んでもいいのだ。
常識に取り合うと叫べなくなる。
だが取り合う必要はないのだ。

向かう先を失くしてしまったから心が動かなくなったのではない。
自ら檻で心を囲ったから動けなくなったのだ。
常識、倫理観、道徳心、罪悪感、義務感、責任感。
それらすべてが伸び伸びと呼吸しようとする心を締め上げる。

・・・・・。
『精神力』を軽視してはいけない。
忍耐力とか根性とか、そんな軽い意味での精神力ではなく。
精神の力。
は、生命の力。
不遇な状態にあるとき「このやろう」と思う力。
それはどんな人にもある。
力の強い弱いで測るのが無粋となるもの。
誰もが等しく持っているもの。
だから尊い。
なるべくその生命の力を押さえつけないように。
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人間観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/03/23 16:48

代償

世界というものを区切ってしまっている。
期待すべきものは何もないと。

何かを信じられる人は歩む力も強い。
“これをしたい。”
“これをしさえすれば。”
そういう未来に対する期待は、今を生かす原動力になる。

僕は世界には何も期待できないと思った。
“これをしさえすれば自分は幸福になれる。”
“この妨害さえなければ自分は幸福になれるのに。”
“この点さえ改められればもっと楽に生きられるのに。”
そうやって夢を見ることで現実を誤魔化して生きていこうとする。
夢を見続けの一生なんて嫌だし、間違ってると思った。
だから夢など見ないと誓った。
それで何にも期待できずどこにも歩んでいくことができなくなったとしても
やむなしだと言い聞かせた。
このとき世界へと向かうベクトルが内向していたのだ。

“どこにも思いを飛ばさない。”
“幻に惑わされて浮か浮かと家を留守になんてしない。”
“大事なところ、押さえるべきところ、そこからは絶対に足を踏み外さない。”
自覚のない孤独な闘いだった。

非情に徹し、理のみを追求。
正しくないものを当てにすることはできない。
“世界を主観で切り取るな。”
“世界は自分のために成り立っているわけではない。”
“世界が自分の成長、幸福を願っているなんて根拠はどこにもない。
 どこにもないにもかかわらず、そう受け取るのは勝手な身びいきだ。
 そう思わずには生きていけない弱さの表れだ。
 そんな夢に頼ることなく自立できる人間になりたい。
 世界を都合の良いように利用しない人間になりたい。”

・・・・だが、そう言っている自分自身が世界を区切って見ていた。
自分の見えるものに限定して見ていた。

確実なものが欲しかったのだ。
だが求めれば求めるほどにそれは遠ざかった。
エゴばかりが膨らんだ。

どこにも心を差し向けることができない。
未来にも世界にも自分自身にさえも。
これは一種のトラウマだろう。
本当に安全なものでない限り心を預けることができない。
「この世界は頼りにするにはあまりにも心許ない」
世界の真相を目の当たりにした瞬間、心が縮こまってしまった。
“自分でなんとかしなければ。”
それが孤独の始まりだった。

僕には気力がないのではない。
気が流れていく先が見つからないから力が発生しないのだ。
川の川たる所以は流れることにある。
流れのない川は池と呼ぶ。池は静止。
水の行き来の全くない池はやがて濁り澱んでいく。
流れ出ずに溢れかえった気は自らの身体を傷つけ始める。

どこにも向かうことができなくなってもやむなしと思ったが
その思いは確実に僕から生きる力を奪っていった。
イキイキと生きる人を見るとたまに羨ましくなるときがある。
イキイキとはしていなくても、例えイヤイヤであったとしても、
毎日するべきことがあると信じ、生きねばならないと信じている人を見ると
堪らなく羨ましく感じ、切なくもなる。
失った代償は大きいと最近は折にふれて思う。
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つぶやき | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/03/21 17:33

旅立ち

昨日、この4月から新たな場所で新たな道へ歩み入ろうとしている
友人を送ってきた。
色々思うところあり。
健闘、健勝を切に祈る。

帰り、妙にセンチメンタルな気分に。
この歳で既に人生終わったと思っている自分というこの男のことが
本当に哀れだなとしみじみ思った。
詩人や俳人ならこういうときに詩でも作るのだろうか。


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つぶやき | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/03/21 16:12
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