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歪み

歪みってなんだろうか。

とんでもない怒りが湧いてきたとき。
あるいは深い深い憎しみが湧いてきたとき。
そのとき人の心は歪むのか?

そんなことはない。
怒りも憎しみも、心を歪ませるものではない。
「こんな感情抱いてはだめだ」「自分がこんな醜い感情持つはずがない」
そう思ったときに初めて人の心は歪む。

ずれてしまったものを「元の状態」に戻そうとする、その力、
それこそが歪みなのだ。

「クリアな心」「あるべき心」に戻ろうとする力が、怒りたがってる心を捻じ曲げてしまう。
怒りも憎しみも、ただの自然現象。それが出てきたなら、それが自然なのだ。

体の場合。
手足の長さが左右で違ったとする。それは歪みなのか?
なんとか左右でそろえようと無理をするとき初めて歪みになる。
「私は歪んでない」と言い聞かせ体を「標準」に合わせようとしたときに歪む。
左右の長さが違うのなら、それがその人の自然なのだ。

性格の場合。
「自分がこんなこともできないわけがない」「こんな欠点があるわけない」
と思い込み、「普通」のふりをしようとしたときに、歪む。
人よりできない。劣っている。
それは歪みではなく、その人にとっての自然。

なぜこんなにも「普通」とか「標準」とかいう観念に支配されてるのだろうか。
なぜありのままの自分を受け入れられないのだろうか。
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人間観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/05/29 12:06
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