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「空気」の「気」は東洋の「気」

空気を味わうことは大事だと思う。
でもそれは味わおうとしても味わうのは中々難しい。

そもそも空気を感じることが難しい。
空気と言っても原子とか素粒子で構成される“それ”ではなく、
言葉では表現できない“何か”。

感じなさいと言って感じさせるような種類のものではない。
だから比喩的に伝えるしかない。

それは目で見るよりも耳で聞く方がまだ感じやすい。
目で何かを見ようとするのをやめて、
目を閉じて聞こえてくるがままに音を聞く。
「聞く」よりも「耳を澄ます」。「聴き入る」。

それを感じていられるときは、鼻や舌、肌という
五感の中でもマイナーなものの方が優位に立ちやすい。

「臭う」よりも、「嗅ぐ」。
単に「触れる」よりも、「手のひらで触れる」。「肌で感じ取る」
「味がする」よりも、「味わう」。

こう表現を重ねていくと心に浮かび上がってくる感覚。

目で「見る」というよりも、
どちらかというと「看る」であったりする、
要は心を込めたり、慈しむような感覚。

「空気」や「雰囲気」の「気」は、
いわゆる東洋思想の「気」だろう。

パワーとかエネルギーとか言われると胡散臭く思えるが、
上に挙げたような言葉をいってもらえると確かにそれを実感できる。

それは言葉で定義できるものではなく、
比喩的に言ってもらわないとわかりにくい上に、
そのときの精神状態にも大きく左右される。

おそらく「気」は比喩の中にしか存在しないのだろう。
だから比喩の中から取り出そうとするのは大きな間違い。

でもそれを感じて味わうことは大事だと思う。


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つぶやき | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/05/21 14:31
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