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2010年の僕は・・・

最初の頃のこのブログは、過去に書いた日記(オフライン)から抜粋したものを
メインにしてブログを書いていた。

でも2010年のものだけは書いてこなかった。
大して長いこと生きたわけでもないが、
僕のこれまでの人生の中で一番辛かったと思う年が2010年だったからだ。
あまりにもネガティブなことばかり書いていて
読むときっと悲惨な気分になるのがわかっていたから
とても振り返る気にはなれなかった。
(今年は初めは調子が良かったが段々去年と同じような感じになってきた)

それでも、特に理由はないがなんとなくで去年の今頃の日記を見てみた。


2010年7月11日

『最近ずっと眠れない。
 この自分の意識というものが嫌でしょうがない。
 とめどもなく流れていく考え。心の声。
 別に何かを考えようとしているわけじゃない。
 それなのに気が付くと何かを考えている。
 
 朝起きて思う。
 ああ、また僕なのかと。
 また僕をはじめなければならないのかと。

 この心の声が嫌だ。
 この意識が嫌だ。』

2010年7月24日

『罰を受けている感覚。
 世界が崩壊していくなら黙ってそれを
 受け入れなくてはならないというような感覚。
 どんな苦しみも黙って味わわなくてはならないという感覚。
 それに反抗する権利すらも保証されていない感覚。
 一人で世界に立ち向かう、いや、世界のために罰を黙って受けている感覚。
 一対世界。

 僕のやることなすことすべて世界に監視されていて、
 一歩もそれらの要求からはみ出てはいけない。

 僕が自分でいることに対して不安を感じるのは
 単に世界に背いて自分を出すのが怖かっただけ。
 僕の倫理は結局それ。
 世界の奴隷をやめていいのかどうかということ。
 その責任を放棄していいのかと。』

2010年8月9日

『ふと我に返ったときの感覚が嫌でたまらない。
 使い古した自分。
 汚れた自分。
 脱皮したいのか。
 古い皮が窮屈でたまらない。
 そんなものは脱ぎ捨てて何にもとらわれなく生きたい。』

2010年8月23日

『自分の世界観を創っていかないと。
 食うために働く、なんてのに納得できるわけがない。
 なんのために食うのかがわからないからだ。

 生まれたからには何かを為さなければならないじゃないか。
 そうじゃないと納得できないじゃないか。
 そう思うのは別に間違ってないんだ。

 せっかく人間として生まれてきたのにつまらん形で終わらせては申し訳ない。
 自分のためになんか生きられない。
 その理由が見つからないからだ。
 世界に望まれているから生きるんだ。
 期待してもらっているからだ。
 そしてそれが結局自分のためなんだ。』


意外と今の僕と同じようなことを書いている。
季節によって感じること考えることに基本的なパターンでもあるかのように。

それにしても、自分の誕生日付近くらいもう少し明るく過ごせばいいのに(笑)
そういえば何年のものだったかは忘れたが、
誕生日当日の日記で、ものすごくマイナスなことを書いていた。
それは友人や恋人に祝ってもらえなかったとか
そういう負の出来事があったからというのではなく、
何にも外的な理由がないのにそういうことを書いていた。
「こいつも誕生日くらい明るく過ごせよな」
と少し自分を哀れんでしまった(笑)
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つぶやき | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/08/13 15:09
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