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己を全うすること

今自分がしようとしていることが少しクリアに見えてきた。
内側からの要求の話だが。

例えば「あ」という文字を
「あ」と認識され得る構成パターンに沿って線を配置するのではなくて、
僕は僕の「あ」を描きたいのではないか。

パターンにしたがって書くのではなく
「あ」と読んでもらえるように整えて書くのではなく
己の「あ」を創り出したい。

“僕だけの”なんてことは当たり前すぎてわざわざ言うまでもない。
僕には僕の「あ」を描く以外に選択肢はない。
それがつまり人間として生きるということ。
「自己になる」ということ。


悟りを開いた人が偉いのでもないし
何も考えないで生きている人が劣っているのでもない。
人それぞれ時期ごとに課題を持っている。

自己を生きるのが何より尊いと信ずる。
それ以外に善はないと信ずる。
己の課題から目を背けることが何よりの悪だ。
苦しみの根もそこから生まれる。

100メートルを9秒で走るのを課題にして生きる人もいれば
20秒かけて走るのを課題として生きる人もきっといる。
それが己に与えられた自己ならば
タイムの差に価値の差はない。
それぞれが独立して尊いはずだ。

自分の課題は自分にしか実現できない。
自分の課題の困難さは自分にしかわからない。
ひたすら歯を食いしばって黙って生きるのみ。
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人間観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/08/16 16:21
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