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『神谷美恵子日記』

最近昔好きだった本をよく読み返している。

ハンセン病(らい)の患者の治療や『生きがいについて』などの著書で
有名な精神科医の神谷美恵子さんの日記(『神谷美恵子日記』)を少し読んだ。
1939年(25歳)と1949年(26歳)の部分。
相変わらずこの人の文章を読むと燃えてくる。
自分と同じ位の年齢のときのものだから余計に感じるものがある。


1939年
『軋轢のある、神経の緊張した、なやみの多い世界でないとだらしがなくなる。』

『こういうような「健康な」社会が社会進歩の理想だとすると少々考えねばなら
 ない。
  凡庸なる民衆を作り出す物質的にゆたかな平和な社会と、少数の優れた
 人を出す軋轢の多い社会とどちらがいいかと言われたら私のSollen[あるべ
 きこと]の念は前者を選び、私の野性は後者をえらぶだろう。』

『私は自分一個のためにもう十分苦しんだ。今はもはや自分のために苦しん
 でいる時でも喜んでいる時でもない。』

『誰しも真摯に己が進むべき道を求めて行けばそれでよい。どの道がより尊い
 と言う事はない。
  しかし私は私、と言う事も今度一層はっきりした。』

『私は私の問題をもはや彼(注:兄)に考えてもらおうとは思わない。だって私の
 問題は彼にとって問題になり得ないもの。(中略)そして自分の問題は神様と
 の間のみで決めるべきなのだ。誰にも―いいか誰にも、神様のみに聞くべき
 処を迄聞いてはならぬ。私はこの間ちがいを時々犯して来た。』

『ああ、今私は「私でありたい」純然たる願いで一杯だ。かり着で生きる事だけ
 はしたくない。』

『病気の人の相手をして自己満足するのが私の目的ではない。病的なものに
 は私はもう心からの嫌悪を感じる。(中略)だから私は人を、人の心を、体を、
 社会を、健全にするために一生を燃やしつくしたいのだ。』

『自分をもてあます、祈る時のみ平安。
 主よ私の心の混乱をどうにかして下さい。私にはもうわからなくなりました。』

『たとえ失われても惜しくもない。要するに装飾的なものではないか。
 (注:高い語学力ゆえの国際的な舞台での活躍の機会について)』

『私も、もし私の使命と信ずるところを単なる便宜などのためにすてたら自分自
 身に対するrespect[敬意]を失うだろう。否、それは自分に対してというよりも
 もっと大きなものだ。
  学校をやめて以来、もっと常識的な道をと考える様につとめればつとめるほ
 どself-respect[自尊心]を失って、けものの様になるより他なかった。
  人の使命というものは、その人の存在意義にかかわるから、これほど大き
 な事なのだ。単に自分一個の幸不幸の問題ではない。
 地味に、コツコツと勉強し、生活したい。寒い処でふるえながら勉強し働きたい。
 家庭と仕事の間の板ばさみになるのも私らしいと思う。あまり楽な処にいると
 水から出た魚の様に無気力になる。』

1940年
『人間はこうして、生涯に幾度か生物が脱皮する様に、全然過去と決別して新し
 い生活へ移るものなのだろうか。そして死がその最後のものなのかも知れぬ。
 今の自分にとって、過去との決別はまだ痛い。しかし新しき未来の光は日々い
 やまさりてまぶしい。十年近くもの間、苦しむために生きていた様だった。その
 意味は?と考えると深淵をのぞく心地。「苦しみ」という事は、何故、あるのだろう。』

『宇宙を創り、その中に、かかる「我」を創りて置き給いし者を思うほどの平安は
 またとあろうか。何が起こってもよいのだ。このまますべて中途半端で死んで
 も、あるいは長寿を全うしてこの世にいささかなりと足跡を残そうとも、根本的
 に大した違いはないのだ。創られし目的に忠実に生きる、それだけだ。』

『悲劇の原因が己の本質に根ざすことを知った者には愚痴はない筈。』



多くの人から尊敬される人物だが、
彼女の為したことが偉大であり人格的に優れたことなのだから
尊敬されるべきなのだ、とは僕は思わない。

この人にはこうするしかなかったのだと思う。
自分と真摯に向かい合って生ききったという意味において
この人は尊いのだと思う。
そんなことを昔考えていたのを思い出した。
とにかく今の僕は発奮させてくれるものを求めている。
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好きなことば | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/09/04 22:25
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