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下向きの飛翔

何もかも自由だった。
自由すぎて逆に身動きがとれなくなった。
かえって“こうせよ”と言ってくれる声が欲しかった。

足場がなくなり崖から落下しているような感覚。
落ち続けてもう何年。
上も下も右も左もない真っ暗な宇宙を漂っているような感覚。
いまだにどこにも行き着かない。

気付いた。
己が落下しているのだと思い怖くてもがいていたが、
これは飛んでいるのだ。と考えることもできる。
何にも縛られずに自由に空を飛ぶことができたらどんなに気持ちいいだろう。

自由すぎて怖かった。
でもまさしくそこにこそ本当の自由があるのだという気がする。
着地できる地面がないことに気付きつつ、
それでもやがてどこかに行き当たり着地するのを願わずにはいられなかったが、
もしかしたら飛んでいるこのままが本当の自由なのかもしれない。

落下したその時点で既に飛んでいた。
でもそれに気付かずにひたすらもがいていた。
この自我を一度ボキッと折ってしまわないと。
落ちるしかないなら素直に落ちるのが本当の自由だ。

崖下に衝突するのが怖くてもがいている。
しかしこれは衝突させるしかない。
そもそも衝突する地面がないとわかっていながら
なぜ衝突を恐れる。
永遠に地上に落ちてしまわないのならそれはもう飛翔じゃないか。

これは落下ではない。
下向きの飛翔だ。
漂流ではない。
遊泳だ。

それがわかったならどう行動すべきかはもう決まっている。
問題は“何をすべきか”ではなく“やるかやらないか”だ。




とりようによってはかなり危ない文章ですが、
どうぞご心配なさらないでください(笑)
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我(ガ) | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/09/15 21:28
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