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光と闇の振り幅

前回に書いたように、常識を壊すようなものを書きたい。
下に引用したのは哲学者・西田幾多郎の小篇『人心の疑惑』の中の文章。


『心を苦しめ身を役して五十年の飲食をつづけ、
 その結果は焼いて棄つべき臭肉を何十年か維持しまた子孫を遺したまでであって、
 しかしてその子孫がまた同じ無意義の生活を繰り返すものとすれば、
 何とこれより馬鹿らしきことはあろうか。
 かくのごとき生命はむしろ早く打ち殺して茫々の中に投じさる方が
 いかに爽快であるかもしれぬ。
 人間は牛馬のことを笑うがわれらも無意義の性欲のために駆使せられて終生役々たるのは、
 鼻緒に縄をつけられて引きまわされる牛馬とあまり違わぬようである。』


「何としてでも生きなさい」と言う人もいれば、
上に引用したようなことを言う人もいて、
そのどちら側にでもなるべくスムーズにコロコロと移動する自由を保障するのが
安定した社会じゃないだろうか。

人は窮地に陥るほど宗教的になる。
そのときに社会が「常識」しか認めないのでは、報われる人も報われない。
人間というのは世間が考えている以上の振り幅を持っている。

「闇」をメインにする必要は全くないが
(そもそもメインはいつでも「光」だからこれはあり得ないが)、
「闇」を受け入れるだけの知恵を持った社会が熟した社会だと思う。
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固定観念を壊す | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/09/18 21:30
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