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強制終了の呪文

最近疲れきった心を休ませるときの手段が
“もう生きない”
“もう既に終わっている”
“継続させない、既に終わっている”
と言い聞かせることに定着しつつある。
そんな変わった手続きを経なければならないというのは
我ながら面倒くさい人間だと思う。

どうも(何事に対しても)継続させようと思うと精神が拒絶反応を起こす。
小康状態から展開して心身ともに活発になってくると
途端に“何もすべきことがない”という事実に直面させられ再び疲弊する。
心の歯車がギスギスしてくる。
その磨耗を収めるとどめとなるのが上の呪文。

最近体調が優れなかったこともあって意気消沈していた。
意気消沈していたからこそ余計な「我」が出てこず、
ニュートラルな状態でいられた。
それからしばらく居心地良く過ごしているとやがて活動性が出てきた。
活動性が出てくると調子づき始め「我」が出てきた。
「我」が出ると疲弊してくるがこれは止まろうとしても止まれない。
やがてスタミナ切れで意気消沈。

いつものサイクルだが、この一連の流れが急激に速くなった。
前は内部の不協和音に気付きながらも調子に乗り続ける期間がもっと長かった。

「何もない」が答えだとわかってから
それに背こうとすることに対して
もはや心身が受け付けなくなったのか。
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我(ガ) | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/10/27 20:46
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