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命は燃やすもの

ブログにはのせなかったが1、2ヶ月ほど前に書いた文章。



僕はもう寿命を捨てる。
死神。
もう少し待ってくれ。
僕はまだ死ねない。
僕は死ぬまでは死ねない。
約束はそれから果たす。
だからそれまで待ってくれ。
今死んだら僕は僕として生まれた甲斐がない。
これからも怠惰に過ぎていく寿命はもうくれてやる。
未来はくれてやる。
もう生きようなんて思っていない。
ここで死んでやる。
だからそれまで待ってくれ。



死神なんてものが別にいるとは思っていないが、
1年ほど前に死神と契約した(つもりになった)。

“一刻も早く、今すぐに命を奪りに来てくれ。
 今すぐが無理だと言うなら
 いつでもどのタイミングでもいいから
 できるだけ、なるべく早く来てくれ。
 もしかしたら
 そのときになって僕は取り止めを申し出るかもしれないが
 そんなものは意に介さず、やることをさっさとやってくれ。
 もう一秒たりとも耐えられない。”

そう強く何度も何度も願った。
上の「約束を果たす」とはそのこと。
期日がくれば身を差し出すということ。

最初に書いたのはその状態からやや力が出てきたときの文章。
契約を破棄するつもりはない、
でも今はまだ来ないでくれるか、
今すぐケリをつけるから、
それまでは待ってくれ、
というもの。

力が少し出てくるとやはり「自己」がなく死んでいくことが嫌になった。
「死ぬまでは死ねない」というのは
「自分で死ぬまでは死神には殺させない」ということ。
そこに譲り渡せない「自己」があった。

死ぬには力が要る。
体調があまり優れず気力も乏しい昨今の僕にはそれだけの力がない。
だから僕は死ぬために体調を整え、
死ぬために気力を充実させようとしている。
すべてのエネルギーをそこにぶつけるために。
現在はまだ蓄え中。

ずいぶんおかしな考えをしているようにも自分でも思えたが
実はこれが生きるということではないかと後になって思った。

人間は誰でも生まれたときから死神と契約している。
いつどのタイミングで来るかと皆待ち受けている。
「これからも生きるであろう未来」というものは存在しない。
それに、厳密な因果関係で考えなければ、
人間は皆死ぬために生きていると言える。
死ぬために命を燃やしている。
すり減らすのではなく、燃やしている。
皆自ら生きて自ら死んでいく。

そう考えると僕の考えもあながち突飛ではないと思う。
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人生観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/11/01 21:25
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