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「この自分」に対応するもの

表裏一体のこと。
この世界は二つのものから成り立っている。
裏表。
矛盾。
陰陽。
二項対立。
二律背反。

詳しくは知らないが
もしかしたら鈴木大拙の即非の論理や
西田幾多郎の絶対矛盾的自己同一もこれに似たことなのかもしれない。

押せば引く。
凸と凹。
手を動かせば影も動く。
肌に触れた風の感触、
その感触は肌にあるのか、風にあるのか。

必ず意識にのぼるのは片方だけ。
形をなすのは片方だけ。
でもその中にもう片方が含まれている。
そうして世界は成り立っている。

単純に言葉の構造から推して
表があるから裏があるのは当然だと考えるのではなく、また違う話。
でもどこがどう違うのかはまだわからない。

ついでに仏教で言うなら、
南無阿弥陀仏の裏には阿弥陀仏の呼びかけがあり、
ダメ人間の裏には本願があり、
「助けて!」の裏には救いがあり、
「ごめんなさい」の裏には「ありがとうございます」があり、
罪の裏には哀れみがあり、
迷いの裏には悟りがあり、
苦しみの裏には感謝があり、
有の裏には縁があり、
色の裏には空があり、
色即是空の裏には空即是色があり、
親鸞聖人の女犯の裏には救世観音があり、
人の裏には仏がある。

全く正反対のものが既に含まれている。
単に一つのものを二つに分けたのではなく、
一つにしか思えないものが
実は背後のものによって支えられているということ。

「自己」という言葉には「他者」という対応物があるが、
「この自分という存在そのもの」には対応するものは何もない。
でも実はその何もなさの中に全てのものが含まれていて、
それが存在を支える対応物となる。

おそらく神というのもそういうもので、いるいないの話ではなく、
自己と完全に断絶しているにも関わらず、
それでも自己と隙間なく対応しているもの。
それが神ではないか。

人は存在の半分でしかなくて、
完全な一個の存在になるために異性を求めているという話を
どこかで聞いたことがあるが、
積極的にそんなことを言っていこうとは思わないが
あながち間違いではないと思わなくもない。
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人間観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/11/06 16:23
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