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自分を律すること

自分で自分を律することはできない。
「しなければならない」と言うのも自分なら
「しなくてもいい理由」を見つけ出すのも自分だからだ。
「してはいけないこと」に関しても同じ。

自分の頭の中でグルグル回ることになる。
自閉的になる。

自分を律するには自分の中にもう一人誰かがいなくてはならない。
尊敬する人、「この人は」という人、もしくは神仏。あるいはもう一人の自分。
仰ぐような気持ちを持つことが一番いい。

仰ぐというのは自分を投げ出すこと。
さらけだすこと。
自分をコントロールしようとすることではない。

律するというとコントロールするというイメージが湧くが、
自分で自分をコントロールできる部分なんてたかがしれている。
人間というのはそんなに強いものじゃない。
してはいけない理由もしなければならない理由も簡単にでっちあげる。

世の中には精神論が溢れているが、
人間にとって気迫や気概というのは
それほどコントロールが可能なものではない。
もちろんそれを間接的に操作していくための技術もあって、
それは経験によって熟練していくだろうが、
それにしても精神論が多すぎるように思う。

ともかく、
心の中に自分ではない誰かがいると自分を律していける。
そういう人を持っている人は幸せだと思う。
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自力 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/11/18 21:41
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