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心の中にある壁

身体感覚に焦点をしぼった話。
僕はものを書いてもあまりカタルシスは感じない。
力量のせいもあってか、自分の気持ちというか
気迫とか勢いを文章に乗せられないからだ。
口で話す言葉にも乗せられない。
呼吸にも乗せられない。
どこかひっかかったような感覚がある。

内のものが外へ出ようとするのを止める壁のようなものがある。
この壁は内側からすれば、外へ溢れ出すのを防ぐ壁となり、
外側からすれば、内に侵入させないための壁となる。

ちなみに外側から見たときのこの壁は、看板でもある。
この看板によって他の人と交流する。

僕はこの壁が分厚くて頑丈なために内と外との流通が滞りがちだ。
この壁が壊れるときというのは、
誰かに心を開いて「もういいや」となったとき、
または自暴自棄になり諦めきって「もういいや」となったとき。
情けないようなうめき声を出すときもそう。

呼吸にしても、
全身を使って全力で運動した後などの息には気持ちが乗っている。
堰き止めるストッパー(壁)を通さずにスムーズに外へ出、また入ってくる。

これらに共通しているのは余計な力を入れないということ。
余計な力みが壁を造り内外の疎通をさまたげる。

力みをやめるには全力で力むしかない。
一度全力で力むからこそ脱力できる。
良くも悪くも緊張のピークから解放されたとき、心身の力みが取れる。
絶望したり失望したりして途方にくれているときに
自分の内側から「自分は本当はこういうことがしたかったんだ」という
「本音」が聞こえてくるのは、
そのときに余分な力が抜けているからだ。

罪悪感や劣等感はこの壁を分厚くし、自閉させる。それを卑屈という。
世界を信用できなかったり脅威に感じたりする以上、
なかなかどうしようもないが、
目を背けているのは自分自身が先じゃないかと思うときもある。
僕自身のこととして。

目を背けるから壁ができ自閉する。
人としてまずいなと思うから思わず目をそらす。
誰に怒られるでもなくまず自分から先に目をそらす。

そこで僕の発声は、
義務上、相手に届くようなボリュームを持たせようとしながらも
それが口から外へ出て欲しくないような気持ちをも伴った
矛盾したものになる。

きちんと相手(世界)の前に正座して、
面と向かって目を見て対座できたらどんなに清々しいだろうと思う。
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我(ガ) | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/11/19 15:23
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