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アンパンマンのマーチ

先日NHKの『爆問学問』という番組で
爆笑問題とアンパンマンの作者やなせたかしさんが対談していた。
やなせさん作詞の『アンパンマンのマーチ』が震災後話題になっていたが
改めて良い歌詞だなと思った。


 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも

 なんのために 生まれて
 なにをして 生きるのか
 こたえられないなんて
 そんなのは いやだ!

 今を生きる ことで
 熱い こころ 燃える
 だから 君は いくんだ
 ほほえんで
 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため

 なにが君の しあわせ
 なにをして よろこぶ
 わからないまま おわる
 そんなのは いやだ!

 忘れないで 夢を
 こぼさないで 涙
 だから 君は とぶんだ
 どこまでも
 そうだ おそれないで
 みんなのために
 愛と 勇気だけが ともだちさ
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため

 時は はやく すぎる
 光る星は 消える
 だから 君は いくんだ
 ほほえんで
 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ どんな敵が あいてでも
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ! みんなの夢 まもるため



一番と二番の
『なんのために 生まれて
 なにをして 生きるのか
 こたえられないなんて
 そんなのは いやだ!』

『なにが君の しあわせ
 なにをして よろこぶ
 わからないまま おわる
 そんなのは いやだ!』

のところもいいし、

『今を生きる ことで
 熱い こころ 燃える』

『時は はやく すぎる
 光る星は 消える』
で、
『だから 君は いくんだ
 ほほえんで』

に繋がるところも感じるものがある。

僕の口から出ると変かもしれないが、
『そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび』

・・・の部分がいい。



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好きなことば | コメント(5) | トラックバック(0) | 2011/12/02 21:35
コメント
アニメソング
 アニメが大好きです。

アンパンマンのこの歌詞は何かの番組でも取り上げられていて、いい歌詞だな~と思いました。

 僕は幼少期から少年期はアンパンマンは見ていなかったです。朝起きれなかったからな。

見ていたらもっと穏やかな性格になっていたかも。
もっぱらガンダムみたいな、ドンパチ戦いものが好きでした。

ちなみにドラゴンボールZの歌詞もいいんです。

覚えているだけですが

「ハチャメチャが押し寄せてくる
 泣いてる場合じゃない
 ワクワクを100倍にして
 パーティーの主役になろう

 夢中になれるものが
 いつか君をすげーやつにするんだ」

ここの歌詞が好きです。



アニメ
僕もアニメは好きです。

ドラゴンボール大好きでした(笑)
アンパンマンは僕も見ていませんでしたね。
僕もロボットとかドンパチ系が好きだったので。

子どもの頃は何とも思わず口ずさんでいたものが、
大きくなってから「あれ、そういう意味だったのか」って気付くことありますよね。
僕も観ました
その番組、観ました。

歌詞が素晴らしい、というのは以前にも聞いたことがありましたが、
改めて聴いてみて、本当に直球のすごい歌だと思いました。
もう、それしかない、というくらいの直球。

こういうことを、大人が、子供にちゃんと言えなきゃいけないと思います。
・・・いや、これはすり替えでした。
そうじゃなくて、(僕を含め)大人が、こういうことをちゃんと感じていなきゃいけない。
「子供に教えよう」という発想は、自分を棚に上げた責任転嫁でしかないですよね。

 時は はやく すぎる
 光る星は 消える
 だから 君は いくんだ

僕は、まだ、
この二行目から三行目への踏ん切りが、できていません。
底なしの力強さを感じます。
直球
本当に直球ですよね。
直球すぎて僕ら(現代人)にはちょっとまともな顔をしては言えませんよね。
どこか半笑いの照れが出ると思います。

僕も二行目と三行目への踏ん切りができません。
こういう言葉は「“心の底からそれを言える人”しか言ってはいけないんだ」と思う反面、
上っ面だけでもこうして歌詞なりにして残っているものを歌っていかないと、
本当に世の中が暗くなっていく気がします。

きっと今の大人にはこの“踏ん切り”はつかないけれども、
「それでもそれを目指しているんだ」と、
多くの大人がそういう気持ちで生きているなら
それは非常に大切なことですよね。
踏ん切り
実際、その踏ん切りがつかないのは、
自分の人生に責任を持とうとしてないからかもしれません。

「自分の人生に責任を持つ」
と言っても、しっかり生きるとか、そういう大義のような意味ではなくて、
ごく単純に、自分の人生は自分の人生だと自覚する、という意味です。

時は はやく すぎる
光る星は 消える

比喩的ですが、この現実の在り方をしっかり表現しています。
だから行くんですよね。
恥ずかしがってしまうのは、どこか自分の人生を他人事のように思っているからでしょう。
あとは、自分の人生なのに、
他人の目が気になってしまうわけですね。
それこそ、「過去の続きとしての今」を壊すと目の前の世界が不安定になってしまうので、
それが怖くて、自分の人生なのに流されてしまうわけです。

どんな人生訓を語れる人も、世の中の常識やマナーに精通した人も、
3月11日の大地震は予想できていなかったわけですし、
(極論かもしれませんが)何が起こるかわからない世界に生きているわけですから、
今この瞬間に思ったように動けばいいはずです。
ただ、過去とのつながりがまったくなくなってしまうと、たぶん明日すらも生きられなくなってしまいます。
だから、性急にならず、じっと静かに待ちながら、しかし自分の人生は自分の人生なのだということを忘れずに今日を生きていく。
それしかないのではないでしょうか。

・・・って、今の自分を肯定しようとして言い訳してるだけですかね(苦笑)。

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