スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --:--

もったいぶってもしょうがない

もったいぶっていてもしょうがない。
秘密にしておくのは否定されたくないから。
大事な部分。
しがみついている部分。

そういう誰にも触れさせない領域を心の中にもっていると、
自分は正しいのだと慰めることができる。
わざと誰にも介入されない場(心の中)に入り一人で議論し、
批判されないその考えにしがみつく。
自分を保証する役割。

「公にはまだしていないが自分にはこんな強みがある」
反対の極では「自分には人には言えない罪がある」

妄想がいつまでも生まれ続ける。
世界に対し目を背けるからだ。
見せると自己が否定される。だから見せない。
見せないというその姿勢が目を背けるという態度に表れる。

さらけ出すとは捨てること。
「文章を書く」にも2つある。
見せるために書くのと、捨てるために書くのと。

ネットなんかに書けば、ずっと残る。
でも捨てるために書くこともある。
文字としては残っても、心の中にはもうない。
意外な矛盾。でも矛盾ではない。
「世界に残す」と自分の中にはもうなくなる。
罪のなすりつけでも露悪趣味でもなく。

世界に残すためには世界と向き合わなくてはならない。
自己否定していては世界とは向き合えない。
「世界からの否定(という思い込み)」を先取りして
結局先に自分で自分を否定しているだけだからだ。

否定されないものだけを出し
否定されるものを隠していたならば、
もしそれを徹底的に行うことが可能なら、
自分をいつも「良い人間」だと思うことができる。

この辺りの取捨選択をするところが人間の小賢しさだ。
誰でもそうだ。
取捨選択などしないで全てさらけ出せばいい。
文字にするのが憚られるなら心の中で吐き出したらいい。
そこに根本的な違いはない。

年末に珍しく大掃除をしていて
生きる年数が増えるごとに捨てられないものが
どんどん増えていくのを嫌に感じた。
どんどん身動きがとれなくなっていく。
もっと身軽になればいい。
スポンサーサイト
人間観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/19 21:07
コメント

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。