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このまま惰性で生きるのか。

前世もその前の世も、そのまた前もずっと
無限に六道輪廻を繰り返してきて
今に至る。

そしてこのままこの調子で生きれば
来世もその次の世も、そのまた次もずっと
無限に六道輪廻を繰り返すのだろう。
終わりはない。

別に六道輪廻があるともないとも思っていないが
最近そんな風に思う。

前世はこれまでの自分。
来世はこれからの自分。

前世は「今」の前の自分。
来世は「今」の次の自分。

前世は生まれる前の自分。
来世は死んだ後の自分。

僕の「今」は―
はっきり言って惰性で生きている。
それが現世。
惰性で生きる現世。

このまま終わるのならば
次もその次も永遠に同じように惰性で生きるのだろう。
これまでずっとそうしてきて、今そうであるように。

「遇い難き仏縁」。そんな表現がある。
これまで縁がなかったのだろう。
だからこうして未だに居る。
ようやく遇い難き仏縁に遇いつつあるのだ。
これを逃せばまた永遠に六道輪廻。

僕は死した後、どう生きるのか。
今生の命が尽きたとき、来世でどう生きるのか。
来世とは未来。「今」の次のこと。
「今」の一分、一秒「先」のこと。

苦しい苦しいと口癖のように言うお前。
ではその苦しみがなくなった後、お前はどう生きるつもりなのか。
お前に来世のビジョンはあるのか。
苦しみの世界から死した後のビジョンがあるのか。

「今」惰性で生きれば永遠に同じことを繰り返す。
だから「今」死した後、「次」はどう生きるのか。
「今」六道輪廻を解脱しない限り、
永遠に解脱することはない。

「時間軸」は幻。
過去も未来も前世も来世も幻。
あるのは「今」だけ。
永遠に「今」だけ。
ではその「今」の次にお前は何を見るのか。
何を望むのか。
何を願うのか。
さあ覚悟を決めろ。
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仏教風景 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/20 20:13
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