スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --:--

人間の儚さ

形としての自分。
縁が姿形として現れたこの自分。

この身体。
この心。
この顔。
この声。
この名前。

形としての自分を受け入れられなかったのか。
形は脆く儚い。
いずれ、なんていわずに、一瞬でなくなる。

ちょっとしたことですぐに感動する。
「この感情は本物だ」と思う。
でもそれもあっという間に色褪せる。
単なる記憶になる。
それを認めたくないから記憶を何度も再現しようとする。

心も儚い。身体は言うまでもない。
どれだけ「自分という存在は本物だ」と思っても、
いつの間にかできたかと思えば数十年でまた消えていくような
儚いもの。

その儚い事実を受け入れられなかったのだろう。
受け入れられないから、事実と反した存在となる。
それが人間というものの持つ業。

「自分は永遠だ」と思いたいのだろう。
でも悲しいことに
完全にそう思い込むこともできず、
そうかといって事実を受け入れることもできず、
結局不安な一生を送る。

この事実との遊離が人間の本質でもあり、
人間という存在に救いがあるとすれば、
そこにおいて以外にあり得ない。
スポンサーサイト
人間観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/02/21 20:52
コメント

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。