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「自分」が欲しい

すべての問題は「生死出ずべきこと」に尽きる。
生まれた意味をわかりたいし、
自分のタイミングで死にたいし、
要は思い通りにしたい。

「思い」、これがくせもの。

思う通りにしようと努力するし、
ならなければ腹を立てたり、悲しんだりする。

思いのゆえに苦しむ。
この世界は思いによって成り立っているわけではないのに。

なぜか生まれ、なぜか死ぬ。
その一連の過程の中に「自分」がない。
だから「自分」を得ようとする。
それが所有欲の根本。

「生まれて死んでいく」というこの存在を
「自分のもの」にする。
「生まれて死んでいく」という現象の中には
「自分」がない。
存在の根本には欠損感がある。

「自分のもの」にしたいし「自分の思う通り」にしたい。
そうすることで「自分」を得ようとしている。

だから「まだ足りない、もっともっと」という思いが出てくる。
これが、むさぼり(貪)。
また、自分の思い通りにならないものに対しては腹を立てる。
これが、いかり(瞋)。

仏教では根本的な煩悩のことを「三毒」という。
三毒とは「貪・瞋・痴」のことで、
これを根源的なものとした先人の洞察力はさすが。

単に倫理的に汚いから止めようというようなものではない。
苦しみの根源をたどって行くと、「思い」に行き着くということ。

「自分」の持ち物の中に「思い」という余計なものがあるから、
それを無くそうということではない。
それだと無感動・無意思の人間が出来上がる。
そうではなく、
「自分」というものそのものがすでに「思い」によって
出来上がったもので、その観念のせいで色々不具合が出る、
ということではないか。
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人間観 | コメント(0) | トラックバック(1) | 2012/03/18 16:11
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すべての問題は「生死出ずべきこと」に尽きる。生まれた意味をわかりたいし、自分のタイミングで死にたいし、要は思い通りにしたい。「思い」、これがくせもの。思う通りにしようと努力するし、ならなければ腹を立てたり、悲しんだりする。思いのゆえに苦しむ。この世界は...

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