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生まれて、死んでいく。

ああ、そうだったか。
僕は自分を認められないんだ。
自分を受け入れられないんだ。

そもそもが受け入れられるものではないのだから。

僕は秘密主義者とよくいわれる。
自分のことはあまり明かさない。
感情を明かさないのではなく、
自分の身の事実を明かさない。

例えば自分の家のこと、
自分の過去、経歴など、いわゆるプライバシーというもの。

その内容に特別恥ずべきところはないと思っている。
でもそれが「自分にまつわる」ということにおいて、
僕にとってそれはとてつもなく恐ろしい事実に感じられる。

僕が過敏なだけできっと他の人にもそういうところは
あるんだと思う。
『自分』は受け入れられない。

僕は必死に自分の“中身”を隠そうとしてきた。
認めまいとしてきた。
「こんなのは自分じゃない」大げさに言えばそういうこと。
「なんで自分が」「なぜ僕は僕でなければならないのか」
「こんなはずじゃなかった」「自分に限って」・・・。

実は認めまいと反発しているそちらが偽物で、
事実として『こうである自分』が本物の自分なのかもしれない。

僕は、生まれて死んでいく。
それはとても受け入れられることではない。
でも、生まれて死んでいく、それが僕。

誰かの子として誕生し、
生を送り、
やがて生を収めていくのだろう。
その生が今ここにこうしている。
これが僕なんだろう。
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人間観 | コメント(0) | トラックバック(1) | 2012/05/21 20:45
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ああ、そうだったか。僕は自分を認められないんだ。自分を受け入れられないんだ。そもそもが受け入れられるものではないのだから。僕は秘密主義者とよくいわれる。自分のことはあまり明かさない。感情を明かさないのではなく、自分の身の事実を明かさない。例えば自分の家...

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