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縁に縁あって

最近「縁」という言葉を耳にする機会が多い。
それこそ縁あって。

だいたいが仏教系のブログ。
“あなたがこちらの道の来られるならそれは縁があったのでしょう”
“来られない方は縁がなかったのでしょう”

どうして仏教者の口からこんなことばが出てくるのか。
悲しむべきこと。悲しむべきこと。

しかも仏教者の中には口では丁寧に感謝の意を表しながらも、
どこか皮肉たっぷりの文章を書く人が多い。
聖職者という縛りなのだろうか。

どうして仏教者ならすべての人を救うと大法螺を吹けないのか。
“縁のない人は救われない”なんて言ってほしくない。
無差別を説く仏教でなぜ差別するのか。

「縁」は現在の自分を顧みるものではないのか。
こうして今ここに自分があるということの、
その支えとしての「縁」ではないか。
それをどうして救われるか否かの弁別に使う。

“彼は縁のない者だから残念ながら救われない”
これは一種の言葉の暴力だ。
仏教界もうちょっと頑張って欲しい。
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つぶやき | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/07/16 20:50
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