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意地と信念(と悪)

2008年8月18日

己の信念は曲げない。
僕は意地と信念だけで生きてきた。
正解がどこにもなくなった僕の中で、唯一僕に道を歩ませたもの。
生き永らえさせたもの。
それが意地と信念。

例えどんな生き方をしようと、僕が悪になることはない。
存在そのものが悪になることなんてないんだ。
自分に恥じないように生きればそれでいい。

周りからは色々言われる。
言われなくても気になる。
それは僕が僕を認めてあげてないから。

例えどんなに苦しくとも、僕が悪であるとは誰にも言わせない。
悪でない限り、胸を張って生きてゆけ。
自分に恥じなければそれでいいのだ。



罪の感覚、悪の自覚は僕にとっての大きなテーマだ。
罪から逃れたい、罪から逃れたい、とそう考えている様が自己完結的となり、
さらなる罪を作ることにもなる。
そんなことばっかりやってきた。

僕は僕をどう受け止めれば良いのだろう。

「自分に恥じなければいい」。その通り。
でも、それは君にとってそう容易なことではないよ。
「意地と信念」。これも大事。
でもこれは諸刃の剣。
少しでも外物に触れればポキンと折れてしまう。
だから大事そうに杖のようにして両手で握り締めていなければならない。
それは剣ではなく、お守りだ。
お守りは中身を開くとそのお守り性を失う。

「意地と信念」。そうやって一人閉じこもってはいなかったか。
信念に頼られねば今まで生きてはこれなかった。
でも、その信念の毒がいつの間にか全身にまわり、中毒になっていた。

それからもう一つ。
『君は悪だ』
誰も言ってはくれないから僕が言ってあげた。
そのことは他でもない君が一番よくわかっているだろう。
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「自己」を見つめる | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/08/03 20:15
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