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あ、僕も死ぬ。

最近メモしたことなど。

・「私は生きている。」
これはもうこれ以上遡れないものだな。
これを基点に据えよう。

・そうか。死ぬために生きているのか。
なのに、死にたくないともがいている。
そうやって過ぎる一生。
僕の一生とはそんなものだ。
一生で何をしていたかと言うと、死にたくないともがいていた。
死ぬのに。

・僕の一生には嫌だ嫌だしかないんじゃないか。
四六時中そんなことを考えて暮らしている。
助かると思って求めているんだ、いつも。
嫌だ嫌だの受身なのに自分で生きてると思い込んでる。

・僕が何をやろうと、考えようと、そんなものは死ねばなくなるものなんだな。
僕の目的、意図は儚いもの。
結局死にたくないが人間の一番の本音。

・「僕は誰」と言うときの「僕」は前提にされている。
でも僕は本当に誰だ。

・僕はいつも誰と話しているんだろう。
心の声というのは自分の声であるが、それは誰に対して発されたものなのか。
誰が言い、誰が聞いている。

・こいつのやることなんて大まかに言えば、
「できる」「できない」の二つじゃないか。

・すべてのものは自分のものか他のものかのどちらかでしかない。
自分「の」もの、客体。他「の」もの、客体。同じ。
自分のものもよくよく考えれば自分のものじゃない気もするし、
他のものも自分のものと思えなくもない。
というか、すべては客観物。
それを見ている主体がある。
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「自己」を見つめる | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/10/11 20:12
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