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真実とは何か

人から聞いたようなことを。
だから宙に浮いているのは覚悟の上で。
そのおつもりで。

『真実』とは何か。
真実というものがどこかにあるわけではない。
真実とは、真実ではなかったとわかるところにある。

真実とは働きである。
『真実』と『誤り(不実)』と二つの実体があるわけではない。
真実とは誤りを崩れさせる働きである。
誤りが崩れたときに現れるのが真実であり、
誤りを崩れさせる働きもまた真実の姿である。

『真実』という語は『理想』を連想させる。
理想についても同じことが言える。
理想というものがどこかに存在するわけではない。
まず理想があり、それに背く形で誤り・過ちがあるのではなく、
誤りと知るところにおいて理想が姿を現す。

それ故、浮ついた理想を設定する必要はない。
例えば善いことをせよと言う場合、
何が善いのかも、善いことをするのがなぜ良いことなのかもわからない。
結果、それは人を真に動かすものとはならない。

善いことをすることがなぜ良いこととなるのか。
また何を以ってその証とするのか。

結論を言えば
善いことなど微塵もできない、一度もした覚えがないと気が付き、
同時にそれを誤った在り方だと認識したとき、
善いことをすることが真の理想であると証明される。
証明するのは誤り自身である。
誤りが誤りであると主張するところに真実が現れる。
また現れた真実が誤りを逆規定する。

恣意的に掲げた理想に人を従わせる力はない。
人を従わせ、かつ人に生きる力、方向性を与えるものは真実以外にない。
その真実とは恣意的に定めた真実でもなければ、
消去法で導き出した真実でもない。

誤りを誤りであると知らせるところに人間の思惟を超えた真実の本分があり、
人間の思惟を超えているが故に人間の拠って立つ土台ともなり得る。
以上。
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人間観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/04/21 20:32
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