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持てる者の驕り

僕が恐れていたのは失う恐怖。
奪われる恐怖。

すべては自分の預かり知らないものであると思ってみると
少し胸が開けた気がした。

何も為さなかった責任?
それは自分が何かを持てるものだと思うから感じるのだ。
それは持てる者の驕りだろう。
いや、持っていると思い込んでいるだけで本当は持っていないのだ。

これだけは奪わないでくれと必死にしがみつく。
果たしてそれは本当に自分の物だったのか。

有意義に生きられないと嘆く。
しかし有意義に生きられると思うのは実は驕りなのではないか。
自分の物であるなればこそ
それを無駄にするのか良いものにするのかという発想も生まれる。
しかし自分の物なのか。

与えられた人生だからそれを最大限に良いものにしようという。
しかしそれは一面では正しくともそれがすべてではないだろう。
与えられたと思うから奪われる不安に怯えなければならない。
与えられたからといって自分の物ではないのだ。

今まで、真に人間としての人生を全うしようと思ってきたが、
それは驕りだったのではないか。
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人間観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/05/29 20:37
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