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「何をしているか」

メモ。

・自己とは何かという問いを親切に言いかえると
自己はどこに向かっているか、何をしているのか、になる。
自己とは何かとの問いが導く答えは写真のように自己の一面を
切り取ったものになりかねない。
「向かう」「する」というのは運動。
運動は全体性をもつ。
部分的に切り取ったものは意味をなさない。
運動全体でもって初めて一つの意味をなす。
それは部分の寄せ集めではない。
静止画の寄せ集めは運動ではなく動画。
動画を見る主体は動画の向こうにいて
しかも動いているか止まっている定かではない。
いや、「見る」という運動をしている、と言うなら、
この例えの主眼が「動画」から見る「主体」に移ってしまうので
わざわざこの例えを持ち出す意味がなくなる。
しかし運動の主体は運動そのものの中にある。
その運動を言い当てることが主体を言い当てることになる。
つまり「自己はどこに向かっているか」を知ることが
「自己とは何か」を知ることになる。

・自分が何をしたかとかしていないとかそんなことは大したことではなく、
何を「しているか」こそが真に問われるべき。
本を読んでいる、ものごとを考えている、テレビを見ている、
そんなことはどうでもいい。

・問うているだけでなく問われているのだ。何をしているのかと。

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つぶやき | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/12/17 21:45
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