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責任

またまたメモ。

・僕は最近少し変わった。
なぜか何かと探しているがきっかけとなったものはわからない。
が、正しさという呪縛が緩んだからというのはあると思う。

暗くて落ち込んでいないといけない。
そこから脱するべきとの論理がない以上、そこにとどまって
陰気にしていなければならないとの無意識の思い込みがあったが、
そこから脱する自由と責任があることに気がついた。
それで明るくなってもいいと思うようになったのだろうか。

・「絶対の強制力」にこだわっていたが、「責任」でいいのだ。
責任は、「応えろ」とプレッシャーをかけてくるものではなく、
「来い」との呼びかけなのだ。
必死に求めていた僕の姿は、自分は正しいのだと力んで
一人寂しく歩く姿だったのだ。
だが、呼ばれることにおいて既に責任を果たしている?

・絶対に正しいものに従うのが安心と。
しかし甘かった。
それに従うかどうにも自由があるのだ。
悪とわかっていながら悪を犯す自由もあるのだ。

・僕が求めていた解決は絶対をつかむこと。
そうすることでオドオドせずに自分として生きられると。
しかしそれは単なる責任放棄ではないか。
とても自分であることの責任はとれませんと。
正しくさえあれば責任を取る必要はなくなるから。

絶対を求めていたが絶対を求めるところにこそ間違いがあったのだ。
間違いは絶対を求めていく過程にあったのではなく求めた最初からあったのだ。
もし僕が救われうるとしたら絶対を求める自分から解放されたときだろう。

・どうでもいいことだが僕は本を読みたくて読んでいるわけではない。
「読まなければならないから読んでいるのだ」とか言ったような記憶もあるが
よく考えるとこれほど情けない言葉もない。
「しなければならないからしかたなくやっているのだ」
この振り回されている感。
被害者になっていい気になっているのかしらないが、
被害者は自らを貶めている加害者でもある。
自らやっていると言え。
嘘をついてでもそう言え。
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つぶやき | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/12/17 22:00
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