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命を捧げる

今の自分のこのダルダルの心身が憎らしい。
よくもこんなにだらしなくなれたものだな。
ダレた心身は一々の行動、ちょっとした所作にも現れる。

うちはしつけは割りと厳しい方だったと思う。
それがよくここまで。
「自分の人生」というものを意識してから、たるみにたるみきったんだろう。
“抑制する「理由」がわからない。” 
“奮起する「理由」がわからない。” 
“何が正しいのかわからない(だから誰か教えて)。” 
という感じで。
“わからない”と心も体も動かない。動けない。

やはり人間、志を持たねばならない。
その志を遂げるために生きる。
その目的のためにこの自分というものを調整し操縦し演出していく。
その目的のために命を使う。燃やす。

物にはそれぞれ使命がある。使いようがある。
ハサミなら切る。消しゴムなら消す。
それを最大限に活かしてあげるのがその物のためとなる。

では僕の使いようは。
何をすれば僕の心ではなく僕の命は成就されるか。
何を為すことにこの命を捧げるか。

なんだか大学生の頃もこんなことを言っていたような気もするが・・・。
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つぶやき | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/01/29 22:29
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