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儒教求ム

最近の自分の考えていることは、儒教に近いのではないかとあるとき思った。
それで儒教について知りたくなった。
己を正さねばならないと思うようになったが、
どう正したらいいのかをその都度自分で考えるのも大切だろうが、
先賢がこうして生きていきなさいと示してくれているものがあるのなら、
当然それを参考にすべきだ。

でも、僕は儒教の「じゅ」の字も知らないから、
誰の何という本を読んだらいいのかもわからない。
書店にも図書館にも、儒教関連の本は探してみると意外に少ない。
まず『論語』『孟子』など最重要のものを読むべきなのは間違いないが、
誰の翻訳、注釈、解説か、が気になる。
一応最初に読むものはきちっとしたものを読みたいという気持ちがある。
それでもそろそろ誰かのものを読むべきだろう。
とにかく、情報が思ったほど入ってこなくて困っている。

仏教の場合は、まず山田無文老師という人物に惚れたのが始まりだから特に困らなかった。
でも今回は違う。
同じように入門のところでまごついている人の気持ちがわかり同情する。

それに、数少ない僕の儒教経験から言うと、
儒教の本を読んでも大抵「はーそうですかー」という感想しか出てこない。
これは鈍感だったからなのだが、やはり信頼できる人の解説なりが欲しい。

『中庸』の
『天の命(めい)之れを性と謂う、
 性に率(したが)う之れを道と謂う、
 道を修(おさ)むる之れを教えと謂う。』

というものも、何年か前に見たときは「はーそういうものですかー」だったが、
今見ると「なるほど、そうですか!」となる。
よくぞ言ってくれましたと有り難くさえ思える。
趣意の一端でもアンテナがキャッチしたのだろう。
だがおそらくこれは例外で、今『論語』を読んでも「はーそうですかー」で終わると思う。

だから誰か信頼できる人・信頼できる本を知りたい。
本だけでなく、師と呼ぶべき人に就いて学ぶべきかもしれない。
礼儀作法も滅茶苦茶だから。
武道を習うのもいいかもしれない。
さすがにこの辺は現段階では妄想・夢想だが。
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つぶやき | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/02/08 16:55
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