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半年前の自分へ

今の自分と半年前の自分との会話。

半年前の自分
『あなたは「こうしていくべき」「この辺りを改善していく必要がある」と
よくおっしゃるが、それは自分は生きていくとの覚悟あっての発言か。
生きると決めているならばそのために必要な努力もある。
しかし生きるかどうかについて大した反省もないにかかわらず
そうおっしゃっているのだとしたら、自分としてはとても許しがたい。

何かを為すために生き、さらにその生きるためにこれを為すというのならわかる。
が、何の意志も目的もないのに、ただ生きているから生き、
あるいは快を求めて生きるとしたら、これは無知で醜い獣と同じではないか。
生きるために生きるとは何とむなしいことか。

生きる目的もないのにただ生き、果たすべき理由もないのにただ自己を磨き、
背景に何もない自己の成長の悦びに浸る。
すべて見え透いた一時しのぎではないか。如何。』

現在の自分
『君の気持ち、君のやりきれなさはよくわかる。
だが、僕には君に言いたいことが一つだけある。

君の言う通り、僕は確かに生きようとしている。
だが、もしかしたら明日にはまた死にたくなっているかもしれない。
そうだとしても、それでもいいのだ。

きっと君は、生きると決めてみたり死ぬと決めてみたり
心がコロコロ変わる僕の軽薄さを鼻で笑うだろう。
そこは笑われても仕方がない。
だが、例え僕の心が頼りなく揺れても、僕は自分の中心を失うわけではない。
見失うことはあってもそれそのものを失くすことはあり得ないのだ。

あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、浮かれたり、沈んだり、
例え心の中がグジャグジャに乱れていたとしても、自分の中に依るべき芯がある。
そのことを僕は知っている。
君と僕と違うのは唯一そこだけだ。
後はみんな同じ。
でも決してそこを侮らないで、どうかもう少し我慢して生きてはくれまいか。
どうか自分の価値を自分で勝手に決めないで、自分を信頼して生きてはくれまいか。
君が君自身を否定するのを僕は本当に悲しく思う。』
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つぶやき | コメント(4) | トラックバック(0) | 2014/02/27 21:53
コメント
でも
その半年前の自分を経てこそ、今の自分があるのではないですか?
・・・と言ったら、詭弁に聞こえてしまうでしょうか。

詭弁かもしれません。詭弁でもいいと思って言わせて頂きました。

「現在の自分」にも、「『半年前の自分』が『半年前の自分』を否定すること」を悲しく思うと同時に、できれば祝福して頂けたら嬉しいな、
と僕は思います。

虫唾が走ったらすみません。
謝罪とか贖罪
いえいえ、虫唾なんて走りません。
いつも有り難くコメント読ませていただいております。

やはりそういう風に見えるのでしょうか。
自分としては過去の自分をなかったことにしようとしているつもりはあまりなくて、
どちらかというと憐れんだり慰めている感じでしょうか。
本当に悪いことをしたなぁ(自己否定のことです)との贖罪の気持ちから書いた文章です。

以前の自分は自身の尊厳を否定していて、で、それを振り返った今の自分が、
そんなことはしては駄目だよ、自分は尊い存在なんだよ、と涙ながらに語りかけているような形です。
ちょっとよく言いすぎかもしれませんが。こちらの方が虫唾が走りますね(笑)
なるほどですね
今、気づいたんですが、
たぶん、これは他人事だから言えることです。
僕も自分を棚に上げて言っています。

まあ、でも、だからこそ僕の役割がある、
っていうことにさせて頂いて・・・

「そんなことはしては駄目だよ」
と語りかける眼差しも、充分優しいとは思いますが、
実際のところ、駄目ではないのだと思います。
と、僕が言います(笑)。
駄目だと思うなりに、それも含めて自分ですので「それでよかった」と祝福してあげて頂けませんか。
それをしてきて、よかったんです。きっと。

生意気言って、すみません。
祝福
>まあ、でも、だからこそ僕の役割がある

それは本当におっしゃる通りで、有り難いことです。


今の自分があるということは、その裏に計り知れない背景があるということでもあるんでしょうが、
そのことをよく忘れてしまうんですよね。

自分をポッと出の存在だと思うことは悲しいことですが、日常そう思い込んでいるのもまた事実です。
自分を貶めないで、おっしゃるように祝福することは大切なことですし、そうしていこうと思いました。


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