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精神の力

自らの意志で在るんだ。
自らの意志で生きるんだ。
秩序のために生きるのではない。
生きなければならないから生きるのではない。
体裁のために生きるのではない。

押さえつけてくるものをはねのけろ。
囚われると頭を上げられなくなる。
胸を張れなくなる。

時間潰しのために生きてるわけじゃない。
罪の償いのために生きてるわけじゃない。
負け犬、逃げた卑怯者と罵られないために死なずに生きてるわけじゃない。
及第点をもらうために生きてるわけじゃない。
認めてもらうために生きてるわけじゃない。

人としてのあるべき姿像に従うために生きてるわけじゃない。
それでは奴隷ではないか。己が観念の。
そう叫んでもいいのだ。
常識に取り合うと叫べなくなる。
だが取り合う必要はないのだ。

向かう先を失くしてしまったから心が動かなくなったのではない。
自ら檻で心を囲ったから動けなくなったのだ。
常識、倫理観、道徳心、罪悪感、義務感、責任感。
それらすべてが伸び伸びと呼吸しようとする心を締め上げる。

・・・・・。
『精神力』を軽視してはいけない。
忍耐力とか根性とか、そんな軽い意味での精神力ではなく。
精神の力。
は、生命の力。
不遇な状態にあるとき「このやろう」と思う力。
それはどんな人にもある。
力の強い弱いで測るのが無粋となるもの。
誰もが等しく持っているもの。
だから尊い。
なるべくその生命の力を押さえつけないように。
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人間観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/03/23 16:48
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