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自我

・僕のアイデンティティのしがみつきパターン。
「自分は正しいのだろうか」
正しくなければ存在が許されないとの強迫観念。

・することが無くなってしまったら死んでしまうような気が。
でもそれがいわゆる自我の死では。
死なないようにと頑張っている。
悩むことによって現世に留まろうとする。
問題を抱えることによって。

・罪悪感、劣等感。
この状況でそれは幻だなんて言えますか。
幻だなんて言ったら人として死んでしまう。
もう罪を背負うことでしか生きられなかった。
居たたまれなかった。
平然としていることができなかった。
だから背負ったのだ。生き延びるために。

いや、危機に瀕して仕方なくそうしたのではない。
自我はもっと狡猾。
生き延びるためにわざと危機を演出し、罪悪感を背負い、
憂い悩むべき問題を手に入れたのだ。
問題に直面しての防衛策ではない。

・人はちゃんとしているのに自分だけがちゃんとできない。
その思いこみは信じて疑わない。
しかし皆同じことを考えているのだ。

・僕は特別な悩みを抱えているから。
人に話してわかってもらえるものではないから。

僕は特別な悩みを抱えているから幸せになれないのではない。
自我が生き延びるために「特別な」悩みという幻想を作り上げたのだ。

・罪悪感、これが僕の核のようなものだから、決着をつけないといけないな。
他のことならそれが幻だと見抜いていくことは容易だろう。
だがこれは僕のすべてと言ってもいいものだから、いずれ向き合わねばならない。

・問題の大きさに特異さは関係ない。
特異だから時間がかかるとか手こずるとかそういうことではない。
自我がそう思わせているのだから。
これは誰にあっても起こる事実。
皆あえて問題を背負い、そしてそれが「人と違う」と思い込む。
そうすることで延命を計る。
理由がなければ生きられない。
止まったら死んでしまう。

・なぜ自らを傷つけたがるのだろう。
否定したいのだろうか。これは僕ではないと。
傷つけて、自分はこんなじゃないと。
罰を受けないとという罰受けたがり傾向。
そこに僕のこれまでの生き方の癖が。

・ひもじい思いをすることで自分を確認できる。
制限、圧迫を感じることで自分を感じられる。
これが僕のパターンか。
そんなパターンにしがみつくなんて嫌だな。

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「自己」を見つめる | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/03/28 21:39
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