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笑えば勝ち

笑った顔を心がけてみよう。
笑ってみよう。
幸せだなぁと口に出して言ってみよう。
今幸せにならなければ一生幸せはこないから。

楽しいことをするとか、幸せに生きるとか、
そういう発想がなかった。
だから、時折真逆の人に出会うとそのギャップに戸惑ったりもした。
楽しいことなんてしても、そんなものはすぐ消えてなくなる。
霧や霞のようなもの。
そうして「幸せな一生」を送って、最後に死ぬときになって、
「あぁ、なんて無駄なことをしていたのだろう。
もっときちんと考えるべきだった」と後悔する。
が、それがわかったときにはもう死しか残っていない。

そんな中で笑って生きられるものか!
いや、まぁ笑って生きられるのだが。
それがわかった。

変人というのもアピールポイントじゃないか。
変わったところがあるということはそれだけ人に笑ってもらえるということだ。
楽しいと思うことは難しくても面白いと思うことはできる。
バカな自分を笑うことはできる。

人生に勝ち負けがあるとしたら、
どんな状況でも笑っていられる人は勝ち組だろうと思う。

こういうことはあまり言うべきではないかもしれないが、
例え人を殺めてしまった人でも、人間の本質から言えば、
その人は笑って生きるべきなのだ。
その行いが許されるのか許されないのかというのは後の話だ。
まず、その人が人間であるという時点で、笑って生きるべきなのだ。
いや、笑って生きられたら幸せだろうなと思うのだ。

おかしな表現だが、笑いと申し訳なさ・恥というものは対立しない。
それどころか、申し訳なさを100%発揮できるのは
100%の笑いを出せるような精神的空間でなければ
適わないのではないかとさえ思う。

人から笑いを奪うもの。
最も笑いを打ち消す力のあるものは罪悪感ではないかと思う。
「自分に笑う資格はない」こう思うことが最も笑いを遠ざけると思う。
この笑いにとって最大の敵である罪悪感でさえ笑いの前に屈服するとしたら、
もう他のことなんて些事でしかない。
適当にやってればいいのだ。

ときには笑ったり、ときには泣いたり、そういうことをしている全体をみて
笑うことさえできたら、もう怖いものはなくなるだろうと思う。

脅えでさえも笑いは打ち消す。
脅えは敵が運んでくる。
その敵でさえ笑い飛ばすことができたなら脅威はどこにもなくなる。
敵は外側にだけいるとは限らない。
内側の敵は異物と呼ばれる。
異物はとことん排除される宿命にある。
だが、異物もそこにあってもいいのだ。
笑うというのはあらゆるものがそこにあるのを許すということ。
追い出す自分も、追い出される敵も、攻めてくる敵も、
そういうことをやっている全体を許すことなのだ。
そうすれば自分と敵との境界が緩み、
世界のありのままの姿が見えてくるのではないかと思う。
まぁ、笑うように心掛けます。
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人生観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/04/05 14:57
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