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なるべく伸び伸びと

なんだか最近突然人が変わったみたいに神、神、言いだしてすみません。
自分の中でもう少し整理がつくまでこんな感じでいかせてもらいます。
色々言葉にしながら試している段階なので
きっと読んで下さっている方が感じておられるであろう
「変な気持ち悪さ」はもうしばらく続くことになると思います(笑)
宗教の極意を相手に宗教の話とは悟られずに話すのが
僕の昔からの夢なので、それに向かって精進します。

・相手に取り合うと勝ち負けしかなくなる。
押したり押し返されたり。陣取り合戦。
取り合わないで神と繋がっていると、
あなたはあなたとしてそこにいて下さい、
私は私としてここにいます、となる。
一見無干渉の無交流のように思えるがそんなことはない。
押し合いの世界に引っ張り込む方が気の毒だ。

・自分で言っておきながらなんだが、
「そこにいればいい」とは、視点をなくした視点、
世界そのものになって世界を知るということか。
「ここ」から「あそこ」を見るのではなく、
ここもあそこも包んでいるところの「世界」にリンクすることか。

・わけのわからないことを考え付いて、滅茶苦茶なことばかり言っていたら
残りの人生を棒に振るぞ、と言う人にはこう言うべし。
勘違いしっぱなしで人生を棒に振るって、これほど滑稽な失敗がありますか。
我ながらその姿にはむしろ哀憐の情さえ抱きます、と。
これが最終兵器。
人生棒に振ってもまだ救いがあるのだ。
その他に何を恐れることがあろう。

「いやいや、棒に振ったら駄目だろう」
理性か。
なるほど理性は人間だけが賜ったものだけあってなかなか気位が高い。
だが理性に使われてどうする。
せっかく人間として生まれたのなら理性に使われるのではなく
理性を使う人物になりなさい。
正しく使えば気位が高いだけあってその恩恵もまた大きい。
「人生間違えた」というのは己の人生さえもネタにして繰り出す
最高の冗談ではないか。

・体が命をつなぎ止めている。
だから体が滅びれば命も霧散する。
いや、逆じゃないか。
命が体を使用している。
何らかの働きを実現するために体という形をとっている。

・書く・話す・伝えるで自分をアピールしようとするな。
いることで存在が滲み出すようになれ。

・まずかったな、こうするべきだったなとかよく考えるけど、
それもほどほどに。適当に。
その手加減っぷりが一番良くないのだから。
失敗するにしてもこけるまでは全力で突っ走ればいい。
こけるだろうかと気にして途中でやめてしまわないように。
加減して走らないように。
進路変更とかはこけてから考えればいい。
その手加減が伸び伸びと生きようとする心を押さえつける。

・なんだか、グダグダ、フニャフニャ、グータラでもいいような気がしてきた。
それを許されている感覚。
神は汚物であってもそこにあることを許される。そこにあることを望まれる。
美も醜も既にそこにあるのにそれを後からその是非を問うのは問題外。

・常に神のもとに心を置いておくように。
人に会っても人の背後の神を見るように。
人に取り合うと争いが生まれる。
それは相手にとっても悪いこと。
神とのリンクが切れるととかく悲劇的、地獄的になる。
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人生観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/04/21 22:25
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