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つま先早歩き

歩くときにつま先を少し上げる感じで、
つまり足裏で蹴って歩かないように最近気がついたときにしていて、
それで改めて思った。
僕は普段踵にほとんど体重をかけないで歩いている。
ずっとつま先の方に体重が乗っている。
蹴らないようにしてみて、踵に体重を乗せてみてそれが初めてわかった。
なんでそんなことをしてみたのかは置いといて。

踵に体重を乗せるとどっしり感が違う。
存在のどっしり感。
呼吸も深くなる。

僕は外に合わそう合わそうとする。
行けと言われたらすぐ行けるように。
違うと言われたらすぐ去れるように。
また、焦りもある。
行かねば、行かねば。早く、早く。
前のめり。
前に倒れるような位置に重心を置いている。
全くもって、地に足が付いていないとはこのことだ。

つまりは、「そこにいない」のだ。
いつも、仮にそこに居させてもらっているかのような申し訳なさ。
すいません、すいません、すぐ去ります、すぐ去ります。
しばらくここを汚してしまいます、すいません、すいません。
いつも「いなくなる」ことを前提にして生きている。
そんな思いが、「つま先歩き」に出ているのだろう。

歩くときでも立つときでも、しっかり踵にも力を分散させると
「ここにいる感」がぐっと出る。
そんな感覚を持ちながら歩いていても、
横断歩道の途中で信号が赤に変われば、
はっと息を呑んでまた、つま先早歩き。
別に息を深く吐きながらどっしり歩きをしても、
早く歩こうと思えば歩けるのに。
不意なところで自分の素が出る。
この辺は本当に鍛練するしかないんだろう。
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「自己」を見つめる | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/04/26 15:48
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