スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --:--

シューティング成仏

こういう考え方をしてみてはどうか。
感情は発散されるためにやってくる。
出来事のせいで腹が立ったり傷ついたりするんじゃない。
発散されるべく感情がやってくるのだ。
しかもそれは広い意味で自業自得。

朝起きて、なんとなく気だるい、あるいはイライラ。
そんなときはだいたいあれのせいかこれのせいかと考える。
でも本当のところ、そんなことはどうでもいい。
自分の中に今それがあるということ、そこに着目する。
そういう感情さんがやってきたのだ。
そしたらもうやりたいようにやってもらう他ない。

やらせてあげないといつまでも居座り続ける。
一度でもきちんとやらせてあげればその人は満足して消える。
不発を繰り返していると段々力をつけていく。
それは身体に良くない。
そのとき感じたことを感じたままに感じるのが一番いい。
邪魔を入れないこと。
水のようにさらさら感情が流れる。
そんな人は端から見ていても気持ち良いだろう。

自分が何に興味を持ち、何をしたいと思うか。
それはそうさせるべき因縁あってのこと。
そんなものは考えてもわかるものではない。
だから、とりあえず自業自得とだけ思っておけばいい。

したいことをする。本能の赴くまま生きる。
普通、人はそれを衝動的だと言い、どちらかというと悪とみなす。
衝動も欲望も本能も、確かに悪だが、別に悪で結構じゃないか。
欲望なんて、死ねば消える。
身体がなくなれば消えるのだ。
身体を持つ以上、それが皆無となることは絶対にあり得ないのだから、
悪じゃなくなるのは、死ぬときまでとっておけばいい。

極端な話、「世界」「自然」「神」「無限」、これらが美しいものなら、
「僕」、これは汚いもの。不完全なもの。悪。
どうせ身体が消えれば僕は消えるし、悪でもなくなる。
なら、死ぬときまでは悪じゃなくなることはお預けにしといたらいいじゃないか。
もうそれは確定した事実なのだから。

とは言っても、人間何のために生きるかというと、悪じゃなくなるためだ。
一個一個悪を外していくのだ。
自業自得でやってくる悪さん達を。
溜め込まないで、成仏、成仏。
その悪さんの最後の砦が身体だろう。
「食べたい」「寝たい」も身体がある限り逃れることはできない。
この砦がある限り、最後まで悪なのだ。
だから言ってみれば、「僕」自体が成仏されるべくやってきた悪さんなのだ。

「僕」は成仏するために生きてる。
その上で最後の仕上げとなるのが身体という悪からの解放。
ある面から見れば身体は成仏を阻む邪魔者ではあるが、
別の面から見れば、身体のあるおかげで成仏ができるとも言える。
いや最初から身体を持たなければ、
つまり生まれなければ成仏なんてしなくても良かったのに、
と言うのであれば、それは神さまに言ってほしい。
それは神さまのお楽しみなんだろうから。
でもおかげで人間としては芸術活動、創造活動ができる。
生きるということは、感情(自然)を感情(自然)のままに表現していくことだろうから。

「食べたい」「寝たい」などの欲求が悪だからと言って、
わざわざこちらからそれを克服しようとしなくても、それは最後に置いておけばいい。
それよりもまずは自分の気になることに感情を向けたり、考えたりする方がいいのでは。
何に心が動くかは人それぞれだし、それは個性。
個性とはつまり成仏を阻むものだが、それのあるおかげで成仏ができるのだから、
人間としては個性万歳というものだ。
悪だからこそ成仏することができる。
不完全だからこそ、完全を目指す道を歩むことができる。
そしてそれは死がある以上、必ず叶うことが約束された道なのだ。
歩まされ、歩む。最前線で。
歩んでいるつもりはなくても向こうから勝手にやってくる。
ちょうど(昔の?)シューティングゲームのように。
あれは「進んでいる」のでもあるし、「進まされている」のでもある。
ほっといても景色は刻一刻と変わる。
一生無感動な人なんていない。
皆常に何かについて考え、悩み、時には楽しみ、感激している。
それらは享受されるために向こうからやってくる。
享受してもらえた感情さんは満足して成仏する。

「自由」「個性的」、これらは賛否両論。
尊いと言われもし、醜いと言われもする。
ではどちらが真の自由なのか。あるいはどちらでもなく別のところに真の自由はあるのか。
「無私」こそ尊いのか、「個性」こそ尊いのか。
いやいや、別にそんなややこしい話ではなく、「自由」は一つで、そしてそれは悪なのだ。
「欲望」を悪と定めるなら、同じく「自由」も悪と定めておけばそれで片が付く。
どうせいつか悪でなくなる。それは決まっている。何年か何千年先かそれは知らないが。
なら、それまでは悪であることを許しといてあげればいい。

・・・・・・という一つの見方です(笑)
スポンサーサイト
人生観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/05/19 21:47
コメント

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。