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反省点なし!

ふぅ・・・。
今回はちょっと長かったな。
1週間以上、暗かった。
やっとちょっとだけ気分が晴れてきたかな。

胸が詰まる。
息苦しい。
「今暗い波が来てるな」
わかっていた。
でも呑まれた。
呑まれていることはわかっていた。
「今僕は負の連鎖の中にいるな」
わかっていた。
「見よ、何を見ても味気ない」
「見よ、外を歩いてもなぜか後ろめたい」
「結構きてるな、呑まれてるな」
わかっていた。

正解はわかっていた。
『胸にあるモヤモヤ、ムシャクシャ。
これを何とかしたい、どうすれば、何か間違いがあったか』
「おいおい、とか言ってそんなことを考えてるのがもう負の連鎖だろう。
考えれば考えるほど息苦しくなる。
何とかしようと思えば思うほど胸が詰まってくる。」
そんなことはわかっていた。

「そうさ、僕は今自分の中に湧き起こった暗い感情に呑まれているのだ。
反射的にその感情を拒否したから呑まれたのだ。
取り合わなければいい。そういう波が来てると思って、去るのを待っていればいい。
それまでは暗い生活になるが、まあ、それが今あると言うのも自業自得だ。一つの縁だ。
ムシャクシャさせられるのではなく、ムシャクシャしにいけばいいのさ。
拒否するからいけない。検閲なしに生きればいい。」
正解はわかっていたのだ。
でも呑まれていた。
「あ、これ違うな」と思いながらもそれをやらずにはいられなかった。
不快感に完全にやられてしまっていた。
何の見誤りも過失もなく。

で、今朝起きると気分が落ち着いていた。
なぜ?
何もしていない。本当に去っただけなんだろう。
「あ、去っただけなのか」と自分の言葉に教えられる。
自我が弛むとそういうことがわかる。
自我が硬いと「正解」でさえも自我の餌になる。
自我がとろけてくると「正解」が活きてくる。

わかっていたんだ。
「今の僕の中での『神』という言葉。これはただの観念にすぎないな。
順調なときは神との繋がりを感じられる。
苦しくなるときはいつも神が余所の世界の誰かになってしまっている。
自我のせいだ。自我が強くなればなるほど神が遠ざかる。
周りが皆敵に見えてくる。皆が自分を批判しているように思えてくる。
自我が悪い。神が遠い。」

で、今日。自分が間違っていなかったことをしる。
そしてそういうことをやっている、というか流れている、
生命というものに思いを馳せる。
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人生観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/06/16 22:14
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