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間抜け

この間、『反省点なし!』という記事を書いたが、
よく考えるとあれほど恥ずかしい発言はない。
「私には道心がありません!」と暴露しているようなものだから。
恥を恥とも感じない恥ずかしさ。

あそこで言いたかったのは、
僕は「何かを間違った結果、今苦しんでいるのだ」とは思っていないということ。
ただそういう流れが来ただけだということ。
僕が「正解」を踏み外した結果、その報いを受けたということではなく、
ただ、なることがなっているだけだということ。

確かに、暗くて重い波に呑まれてしまったのは僕の至らないところではあるが、
波が来たこと自体は僕の過失でもなんでもない。
押し寄せてくる水や漂流物は確かに僕が拵えたものではあるが、
「波が来る」ということそれ自体は僕によるものではない。
それぐらいの気持ちで書いた。

でも、恥ずかしい・・・。
呑まれるなよ。
それは恥だぞ。
それを恥だと感じることができない。
それは僕に道心がないからだ。
「恥ずかしいこと」ではなく「恥ずべきこと」なのだ。
自分のその至らない様を大っぴらにして、平気でそれに気付かないでいた。
そのことは恥ずかしく思う。
別に隠さずどんどん書いていけばいいが、
いばることではない。
書き方の微妙なニュアンスで、見る人が見れば道心のあるなしは一発で見抜かれる。
きっとそういう人は僕のことを責めはしないだろうということはわかっている。
僕でもある程度は見抜けるし、見抜いても別にその人のことを切り捨てようとは思わない。
むしろ多分親しみを覚える。
でも、自ら恥じるべきことだとは思う。
それくらいの道心の芽は僕にもある。
全くないのではない。ただぼんやりしているだけ。
あれは、「私は間抜けです」と宣言したようなものなのだ。
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「自己」を見つめる | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/06/18 21:03
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