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思い込み

余計な思い込みって結構ある。結構どころかかなりある。
しかも、それらはかなりタチが悪い。

僕は幸せになってはいけないんじゃないかって。
満たされてはいけないんじゃないかっていう思い込み。
ほどほどの幸せ見つけられたらいいね、身の丈にあった幸せ見つけられたらいいねって。
色んな悪いことしてきてるし、色んな人に迷惑かけてるから、
それらの報いをちゃんと受けないといけない。
だから、そんなに堂々と胸を張って生きてはいけない。
迷惑のかからない形で、人を不快にさせない程度に、できたら胸を張れたらいいね、
そういうあり方見つけられたらいいね、って。

これが多分一番タチの悪い思い込みなんじゃないかな。
最近変わった変わった言うけれど、何が一番大きく変わったかというと、
これを「思い込み」だと断定するようになったところかなと思う。

のびのびするのが一番!したいことするのが一番!
身の程をわきまえようとしてたのは誰のため?
みなさんのため。
みなさんに気にいられるため。嫌われないため。
それが社会で生きていくということ…ってよくよく考えてみるとそれは本当なのか?
卑屈な人とのびのびしてる人、果たしてどちらが皆に好かれるだろうか。

顔色を窺うのも結局は自分のためだし、どうせ自分のために生きるなら、
自分の本当に心地良いことを追求した方がいい。
それに、本当はポーズなんじゃないのか?
ほら、ちゃんと反省していますよ、ちゃんと真面目に生きていますよ、っていう。
自分の人生を満喫するのを遠慮したのだから、さぞかし利のあることをしているかと思いきや、
そこでしているのは結局ポーズという…。
一体誰の人生かわからない。

そして、ありがたいことに、心地良さを徹底的に追及するなら、
あんまり人様に迷惑かけないようになる。
度の過ぎた悪いことはできないように人間はできてる。
後味悪くなるし。
むしろしたいことしないでしたくないことばかりしてるなら、
そのイライラを消してしまわない限り、かえって周りの人に悪影響与える。
それがわかってもなお、したいことをしないなら、
それは「したいことをしない」というのをしたがってるだけ。気に入ってしまってる。
「僕は卑屈でいたいんです!ほっといて下さい!」っていうわがまま。
でもこの願望はやっぱり盲目から来てるものだと思う。
本当に視界がはっきりしてくるなら、
こういった無駄なしがみつきは自然と減ってくるんじゃないかなぁ。
それはやっぱり、したくてしてるというより、盲目ゆえの「思い込み」に分類されると思う。
間違った思考回路が出来上ってしまってる。

って思うようになった。
人間には、自分に対しても他者に対しても悪いことをすると「不快」に感じてしまう良心と
間違いとわかったものを続けていくことをできなくするだけの悟性?が備わってるとも。
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人間観 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/01/23 22:51
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